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Elle × Edi$on インタビュー|共同EP『120989』で交わした言葉とサウンド、そのすべて

アーティスト特集

自らの名に“逆らう”——ラッパー・Elleの原点

「エルです。本名がそのまま“エル”なんですけど——」と、
2005年生まれ・19歳のラッパーは自己紹介する。
父がつけた名前の由来はヘブライ語で「神」。
だが本人は、その響きにどこか従属的な重さを感じていた。
そこで選んだのが、ギリシャ神話で神に逆らいクモへと姿を変えられた女性“アラクネ”。
自らを“エルアラクネ”と呼ぶのは、「権威に抗ってでも自分の道を行く」という意思表明でもある。

そんなElleが育ったのは、千葉県稲毛。
坂の多い街には路上喫煙や夜に叫ぶ人々の姿もあり、治安が良いとは言い難い。
だがその雑多さが、彼の視点や言葉のリアリティを育んだ。
実際に楽曲「INAGE SUMMIT」では、地元の空気をストレートに切り取っている。

「親ともあんま関係が良くなかったんで、
 “神に逆らってでも自分の道を行く”って気持ちを込めました。」
と語るその姿は、名前ひとつとっても既に反骨と表現欲求を宿している。
19歳の若さでラップにすべてを投じるその原点は、名前と地元に深く刻まれている。

Elle

“808を伸ばしたかった” 名古屋の現場から——プロデューサー・808 Edi$onの原点

「エディソンです」。
名前の由来はシンプルで、ビートメイクを始めた高校1〜2年の頃、
制作ソフトの“Edison”という機能で808の鳴りを思い通りの長さに伸ばせた体験から──
“808”+“Edison”。響きのノリも良く、そのまま名乗ることにしたという。
呼ばれ方は「エディソンくん」、地元の仲間からは「エイト」と呼ばれることもある。
2008年生まれの早生まれ、現在17歳・高3。
静岡生まれ→小学生の頃に愛知へ、いまは名古屋拠点。
夜のイベントには年齢の制約もあるが、現場の熱は肌で感じている。
名古屋はトラップが強い一方で、自分たちのやっている新しいサブジャンルの動きも増えてきた実感がある。
周りにはSkippaYog*Rezis Walkerといった同世代の名前も挙がり、
若い層のうねりが確かに起きている──そんな温度感だ。

出会い直しから始まった“120989”——EP制作の必然

『INAGE SUMMIT』を発表した後、
次の動きを模索していたElleの頭に浮かんだのが「120989」というタイトルだった。
ちょうどその頃、Sieroのリリースパーティーで東京に遊びに来ていた808 Edi$onと会うことになった。
過去に「いのちのいし」や「CALASMOS」といった楽曲で共作し、相性の良さを感じていた二人。
そこで「一緒にEPをやってみよう」という流れは、必然ともいえる自然な決断だった。

Elleは当初から自分のリリックを“数字で刻む”感覚を持っており、
Edi$onの作るビートはその数字に呼応するかのように響いた。
10代の瑞々しい感性と、地元を離れて得た視野が交錯するこのEPは、
再会から始まった“もう一度”の物語でもある。

数字に込めたパスワード——EP『120989』の由来とサウンドの輪郭

EPのタイトル「120989」は、Elle自身の誕生日(12月9日)に由来している。
数字の「89」については「正直なんでつけたか覚えてないんすけど、ノリっすね」と笑いながら語る。もともとはスマホのパスワードに設定しようとしていた数字でもあり、
「俺のこと知りたいなら、話すより携帯の中を見たほうが早い」
という冗談めいた感覚からつけたものだったという。

「携帯のパスワードって、普通は人に言えないじゃないですか。俺も自分の気持ちをさらけ出すのが得意なタイプじゃなかったんすよ。だからこそ、この数字に意味を持たせたら面白いかなって」

制作面では、リファレンスとなる楽曲をほとんど持たず、
Elleからも「落ち着いてるけど、しんみりはしない」世界観を求められたとEdi$onは語る。

「抽象的な注文で最初は悩みましたけど、最初にできた“120989(EP5曲目)”のビートが手がかりになったんです。ちょっとメロウで、Elleに合うのもそっちかなって」

結果的に、EP全体はメロウで感情的なトーンを基盤にしながらも、
楽曲ごとに表情を変える構成に仕上がった。
特に最後の曲はアフロビーツをベースにR&B的コードを織り込み、
BPMも「散歩の歩幅に合う」よう設計されているという。

さらに1曲目と2曲目のつながりにも強いこだわりが込められており、
「芸術的に、リスナーが気づかないほど自然に」仕上げたとEdi$onは胸を張る。

「日本でも海外でも聴いたことがない音にしたかった。
『世界一色気あるNew jazz』を作れたと思ってます」

――Elleの個人的な数字をタイトルに据え、Edi$onの緻密なビートメイクで彩られた『120989』は、二人のセンスが交差した象徴的な一枚だ。

たきのぼりの衝動を刻む——EPの幕開け「たきのぼりエンペルト」

EPの幕開けを飾る「たきのぼりエンペルト」は、
そのタイトルからも分かる通りポケモンからの引用だ。
Elleと808 Edi$onはインタビューで思い出のゲーム談義に花を咲かせ、
「最初のポケモンで“エンペルト”選んでたから、自然と出てきた言葉」と笑い合う。

制作の背景には、日常からふと湧き上がる衝動がある。
実際の会話の中でも、彼らは曲名をどうするか悩むよりも、感覚的に“これしかない”と即決していた。Edi$onは「音のトーンとエネルギーがタイトルにハマってる。
聴いた瞬間にあ、これ“たきのぼり”やなって」と語り、Elleもそれに頷く。

さらに、リリックの端々にはユーモアと深みが同居している。

たとえば冒頭から畳み掛けるこのフレーズ。

『涙無しには笑えねえよ 売ったunknown だから知られてきたぞ 十字を纏っても近付くdemon』

unknown」は彼がよく着ていたストリートブランドを指すと同時に、自分がまだ“知られていない存在”であることをも重ねている。ブランドを手放した経験や、失恋と絡んだ記憶が背景にあることを明かしながら「これもうおもろいと思った」と笑う。

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さらにゼルダの伝説から引用されたラインもユニークだ。

『シーカーストーン無いけどヒントを得る』

シーカーストーンとはゲーム中でプレイヤーにヒントを与える仕掛けだが、
Elleは「俺はTwitter見てるからシーカーストーンなくてもヒント得られる」と解説。
日常のSNSタイムラインすらゲーム的に読み替え、リリックに変換する彼の発想力が光る。

曲全体を通して、ポケモンやゼルダといったゲーム的なモチーフが織り込まれながら、
実体験や心情が比喩的に重ねられている。
遊び心とリアルが同居する“エンペルト流のたきのぼり”は、Elleの現在地を象徴するトラックとなった。

「最初の曲って、その作品の“顔”じゃないですか。だから一発で掴む感じにしたかった」とElle。
まさに“たきのぼり”のように、流れに逆らってでも駆け上がっていく覚悟を体現した1曲だ。

Elle

“メロがり”——Elle流“メロさ”を刻む遊び心

メロがり」は、Elleが自ら醸し出す“メロさ”をユーモラスな言葉で表現した1曲。
インタビューの中でも、ふたりは印象的なパンチラインを振り返りながら盛り上がった。

冒頭から飛び出すのは、
「流れ作るまるでシュシュネキ ヤギだけどドバイでしないエッチ」
ネットミーム「シュシュネキ」や「ドバイのヤギ」を引用しつつ、自分たちの流れをつくる自信を誇示する。
「ここはもう完全に遊び心ですね(笑)」とElleが笑えば、
Edi$onも「意味よりノリが先にあった」と補足する。
突拍子もない比喩とリズム感が、彼らのユーモアを際立たせている。

続くラインは、
「もうそろ上がりたいから 買っとくコーヒー牛乳」
温泉上がりに牛乳を飲む習慣と、“上がりたい”という上昇志向を掛け合わせたパンチラインだ。
身近な光景をさらりと韻に落とし込むセンスが光る。

さらに、
「それもこれもnew view してる全部人のせい 多分コンソール勢」
FPSゲーマーにはお馴染みのフレーズだ。
コンソール(家庭用機)勢はよくミスすると揶揄されることから、「人のせいにしがち」な心情を重ねている。
「ゲーマーなら“あるある”って笑っちゃうラインだと思う」

「種泥棒なキーファ Feel like ワンナイトbitchやん」
これは『ドラゴンクエストVII』のキャラクター・キーファが元ネタ。
ステータス強化アイテムの“種”を食べてせっかく育てた後、パーティを離脱する展開を、軽妙にラップへと転化した。
下世話に振り切らず、遊び心でシニカルに表現するのが二人らしい。

そして、最も印象的なのが、
「俺のコンプレックスあの子が好きってマジでいいな(いいな、いいな)」
ここではLisa lil vinci「California Dream」をサンプリング。
コンプレックスや恋愛感情をさらけ出しながら、それをポジティブに転換する。
「弱さをそのまま言えるのが逆に強さになる。そういうのがやりたかったんすよね」とElleは語る。

Elle

雰囲気を切り替える——“スキット”がもたらす小休止

EP『120989』の3曲目には、短いSkit(スキット)が挿入されている。
これは、先行する「たきのぼりエンペルト」と「メロがり」の勢いある空気感をいったんリセットし、その後に続く恋愛をテーマとした楽曲群へ自然に橋渡しをする役割を担っている。

Elleは当時を振り返りながらこう語る。
「最初はスキットを入れるつもりなかったんですけど、
どうせ女の子のことを書くなら、ちょっとムードを作りたいなって思ったんすよ」

そこで彼が依頼したのは“ラブホっぽいBGM”。もちろん冗談半分ではあったが、808 Edi$onは本気で応えた。
「ラブホのBGMって何?って思って、実際に調べました(笑)。ディグってみたら、『こういう感じなんだ』って分かって。2時間ぐらいピアノで弾いて、納得いくところを切り取って提出しました」

Elleも「俺のイメージ通りで感謝しかない」と絶賛。
しかし完成した音は“ラブホっぽい”というより、少し哀愁が漂う不協和音混じりのピアノスケッチに仕上がっている

Edi$onは「寝る前とか、夜中のなんとも言えない時間に聴いても馴染むピアノにしたかった」と説明し、あえて不完全さや心地よい違和感を残したという

こうして生まれたスキットは、作品全体の緩急を生み、リスナーを次なる物語へと誘う仕掛けとなった。

「scramper」——ピアスの名を冠した、色気と切なさのR&B

4曲目「scramper (feat. Yvng xan)」は、ピアスの位置を指す名前から取られたユニークなタイトル。Elleは「スクランパーのピアスが好きだったから、これにしようと思った」と笑う。
その響きに惹かれつつ、実際の歌詞では《君のスクランパー 首元に刺さった》と、
恋愛的なイメージへと転化されている。

客演に迎えたのはYvng xan。Edi$onがビートを作り、
「恋愛ソングっぽく書いてほしい」とリクエストしたことから、色気や独特の“噛み癖”といった個性がリリックに反映されていった。
Elle自身も「離れた後に相手が何を思っているかが怖い」という不安を歌詞に落とし込み、
《またねって改札 君へハグとキスはかかさない》といったフレーズに昇華させている。
さらに、《プランパーとスクランパー》を踏む言葉遊びも仕込まれ、リスナーに強烈な印象を残す。

一方で、Edi$onはこの曲を「90年代のR&Bから影響を受けたビート」と表現する。
宇多田ヒカル『First Love』や「Automatic」などをイメージし、
哀愁と切なさを漂わせながらも色気を帯びたサウンドを構築した。
また、この曲は“プロデューサータグから始まる”珍しい仕掛けが施されており、
彼自身「曲が始まった瞬間にタグだけ流れるのが面白いと思った」と語る。

「scramper」は、ピアスという身体的で生々しいモチーフから恋愛の切なさへとつなげ、
さらにEdisonのR&B愛とYvng xanの存在感が重なり合った一曲。
ユーモアと色気、そして不安と甘さが絶妙に混ざり合った作品となっている。

「120989」— スマホのパスワードで閉じる物語

「最後は自分の内側を全部さらけ出した曲で終わらせたかったっす。」
そう語るElleにとって、「120989」は特別な意味を持つ。
タイトルは自身のスマホのパスワードから取ったもの。
Edi$onも「これが最初にできたビートで、EP全体の核になった」と振り返る。

制作にあたってはストックを使わず、フリースタイルで一気に録音した。
「Uber頼んだりとか、日常の細かいことが自然に出てきたんすよね。
作ったっていうより、ただ喋ってる感覚で。」
Edi$onも「そのラフさが逆に沁みる」と笑う。さらにアウトロでは「ピッチ落としてリバーブをかけ、切なさを残した。もう一回頭から聴き直したくなるように」と細部までこだわった。

 『120989』ジャケット

そして、リリックに刻まれた一節——
「全部俺のせいでもいい けど聞きたい エルアラクネのおかげだって 俺が居たら嬉しいと思うけど 俺はもうただのオマケじゃないぜ」
ここには「INAGE SUMMIT」や「tomalunch」での経験、そしてSieroの存在が大きく影を落としている。周囲から“おまけ”のように見られた悔しさと、それでも切磋琢磨できた誇り。その複雑な感情が赤裸々に表れている。

EPを締めくくるにふさわしい「120989」は、素の自分をさらけ出す勇気と、音楽で生き抜く決意を刻んだ1曲となった。

二人のこれから——広がる可能性と挑戦

インタビューの最後、Elleと808 Edi$onは今後の展望についても語ってくれた。

「まだ“120989”は出たばかりですけど、これがゴールじゃなくてスタートっすね」とElle。今回のEPをきっかけに、「もっと広い場所で、自分たちの音を鳴らしたい」と話す。

一方Edi$onも
「今回やってみて、二人で作るとアイデアが何倍にもなるってわかった。
だから次も一緒にやりたいし、今度はさらに規模を広げたい。
まぁ、Edi$onやれんの?って感じで(笑)」
と意欲を示す。

具体的には、ライブ活動の強化や新しいコラボレーションを視野に入れているそうだ。
地元・千葉を起点にしながらも、東京や関西といったシーンに飛び出していく構想も語られた。

「120989は、俺らの“今”を切り取った記録。でも、まだまだ続きがある。だから聴いてくれた人は、次のページを楽しみにしてほしいっす」
とElleは笑う。

二人の歩みは、まさに始まったばかりだ。EPを通して築いた信頼と化学反応が、次なるステージでどう花開くのか——期待せずにはいられない。

Elle(エル)
千葉県稲毛区出身、2005年生まれ。
17歳にして既に独自の言葉遊びと“メロ”な空気感を武器にするラッパー。
EP「INAGE SUMMIT」のリリースで頭角を現し注目の的となった。

2025年には808 Edi$onと共に共同EP『120989』を発表。
スマホのパスワードから取ったタイトルに、自身のリアルな日常と等身大の葛藤を刻んだ。
「たきのぼりエンペルト」や「メロがり」では、ゲームやネットカルチャーを織り交ぜたリリックで、
ユーモアと鋭さを両立させるセンスを証明。
Elleはまだ進化の途中にある。

808 Edi$on(エイトオーエイトエディソン)
愛知県名古屋市、2008年生まれ。
重低音と浮遊感を巧みに掛け合わせる、次世代のビートメイカー。

「いのちのいし」「CALASMOS」といった楽曲でElleと手を組み、
その相性の良さを確信。2025年には共同EP『120989』を全曲プロデュースした。
シンプルかつ深みのあるビートメイクは、「scramper (feat. Yvng xan)」や
タイトル曲「120989」で際立っている。
その名の通りシーンを照らす存在になること間違いない次世代のプロデューサーだ。

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