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inxanity Mercii インタビュー “人と被らない”を証明する『I’m different』の美学

T!MELY

inxanity Mercii インタビュー / プロフィール——“狂気×感謝”を名に、千葉・市川の工業地帯から

名は inxanity Mercii(インザニティー メルシー)。
「インザニティは“狂気”の意味、メルシーはフランス語で“ありがとう”。ゴロがいいと思って」と本人。呼ばれ方は「メルシー」。下の名で呼ばれることが多いという。

地元は千葉県市川市。
「ディズニーは近いんですけど、僕らのところは派遣の工場が並ぶエリア。夢はないっていう現実が近い場所」と語る。
前原(舞浜)方面のきらびやかさと、自分たちの生活圏のコントラストが、彼の視界を形作っている。

2005年生まれの20歳(今年21)。
アンダーグラウンドの血縁としては、千葉のPAX0(パクソ)や、Drillの拠点Link Hood(リンクフッド)と地続きの温度を共有する。
スタジオではレッドというプロデューサーと動き、「千葉は最近“熱い”」と口元を上げる。仲間の名は、これからの地図だ。

——Toyo Katana にも反射する刃のトーンを手に、メルシーは“狂気”と“感謝”のあいだで言葉を研いでいく。

inxanity Mercii

ラップを始めたきっかけとキャリア——“5歳の記憶”とラップスタアの衝撃、そして海外へ

最初のスイッチは5歳。家でSOUL SCREAMやSnoop Doggが流れていた
——「その時期にラップってものを知ってた」と振り返る。
中学に上がる頃には周囲でトラップが流行し、「Lil PumpとかLil Uziを普通に聴いてて」、音楽を聴きながらちょっとフリースタイルを回すのが日課になった。

制作を本格的に始めたのは高校2年生。
「曲は作ってたけど、出せるレベルにはまだ届いてなかった」と自己評価は冷静だ。 そこから意識を塗り替えたのが『ラップスタア 2023』のShowy RENZO
「RENZOやべえな」「ああいうスタイルがあるんだ」
——ペイン寄りだった自分の型に、新しいスイッチが入ったという。

キャリアのページは、いま開きはじめたところだ。
高校時代ののち、フランスに約3か月滞在。これからは「今年の3月にカナダへ留学」と予定を明かす。自分で金を貯めて準備してきた現実路線で、
「トロントはアンダーグラウンドのラッパーもツアーで使う——チャンスだと思ってる」
と語気を強める。

——幼少期の刷り込み → 中高のフリースタイル → 高2で制作開始 → RENZOの衝撃で拡張 → 海外で更新。
「ここから始まります」と笑う20歳の現在地は、次の国名とともに、もう地図の外側へ滲み出している。

ミックステープ「I’m different」——“先にできてた数曲”、ラップスタアに合わせて前倒し、そして“違い”の宣言

経緯はシンプルだ。
8曲のうち数曲はすでに半年前には形になっていて、本来は9月後半にまとめて出すつもりだった。
そこへ7月末、ラップスタアの合格通知が届く
——露出の波に合わせて一気に世へ出すべきだと判断し、リリース時期だけを前倒しした。
「クオリティは変えてない。期間を早めただけ」と本人。

題名は、そのままテーマだ。
日本のシーンには「同じような人が増えてきてる」感覚がある——だから自分は“人と被らないスタイル”をやる、と決めた。
その意思表示としての「I’m different」。
音像の背後には、Ken Carson、Playboi Carti、Opiumラインの影響が確かにあるが、参照は踏み台であって終点ではない。

アートワークはSOGのSIGが担当。
Hezronの『Jason』、Ken Carson『A Great Chaos』のアートから受けた刺激を起点に、バイオハザード的世界観——朽ちた建築やゾンビ的モチーフ——を持ち込んだ。
「バイオハザード寄りで」と伝えた方向性は、画面の“温度”にまで反映されている。

足元はアトムブーツ、耳元はOpium以降の鋭さ——けれど視線は自分の“違い”へ。
予定を動かし、時合いを掴み、意図を刻む。
その全部を一言でまとめるなら、やっぱり「I’m different」だ。

『I’m different』のジャケット

thx gød——当選通知で一気に“転調”、喜びをそのまま録った一撃

きっかけはラップスタアの当選通知。
スタジオで別の曲に苦戦していた最中に当選通知の連絡が届き、「その通知来た瞬間に一気にビート変えて、神に感謝した」と言う。
そこからは早い。流れ込んできた高揚をそのままマイクへ。
「嬉しさをそのまんまスタジオで撮った。歌詞は自分の感想、ありがとうって気持ちが前回に入ってる」
書き込みではなく、フリースタイルで熱を閉じ込めた録りがこの曲の体温を決めた。

裏側はシンプルだが濃い。
通知の瞬間にセッションごと方向転換し、ビートも歌い方もまとめて刷新。仲間と「みんなで喜んだ」空気ごと一曲に焼き付ける。
だからこそ、今回のミクステの中でも「一番いい感じに仕上がってる」「自信作」と言い切れる。
勢い任せではなく、朗報が差し込んだ瞬間の光量を正面から掴み取った一撃——それが、thx gød。

I’m different——814経由の正式許諾で“同じビート”に挑む、新潮流直結の2曲目

発火点はMyghty Tommyの「KK(prod. 814)」だった。
「聴いた瞬間、やべえなと思って」
衝撃のままにプロデューサー814へ連絡し、814からTommy本人へ橋渡し——
許可を得て、最初は“寄せた”ビート案から最終的に同じビートを使わせてもらうかたちに着地。
これでサブスク解禁まで可能になった。「作ったのは半年前くらい」。
つまり“温めていた切り札”を、今作で切ったという経緯だ。

テーマはタイトルどおりの違いの宣言だが、その駆動源はUSの最前線にある。
OsamaSonやNettspend、Cheの波に思いきり食らい、特にOsamaSonの「Jump Out」期のムードから「完全にそういう感じをやりたい」と舵を切った。


アルバム全体も“ライブでかませる”設計で、モッシュ前提の体感速度を意識。
若い耳に刺さる今のサウンドを、自分の文法で前に押し出すための2曲目が、この「I’m different」だ。

inxanity Mercii

SWAG——Rageの初速で切り込む、“声で勝つ”という原点

レイジの質感で真っ直ぐぶち抜く一曲。
1年前に作った初シングルを「今回のアルバムに合ってる」と判断して収録した——
当時はチューンコアに出せるレベルの手札が少なく、プロデューサーに頼み込みつつも、初シングルとして気合いを入れて仕上げたと振り返る。
今なら「もう少しできた」と思う箇所もあるが、それでも“熱い曲”として自分の中で位置づけられている。

スタンスはタイトルに直結する。
ラッパーなら着飾らず、最終的には声で勝負——
それが本当の“スワッグ”。だからリリックは「裸足でok 俺は裸足のままでいける」
飾りや小細工に寄らず、声とラインの押し切りでフロアを持っていくという宣言だ。
見た目はワンポイントに過ぎない。音、言葉、佇まいを全部含めて初めて“SWAG”と呼べる——そのマインドを、レイジの推進力で刻みつける。

Vamp Hour——タイプビートの“別解”で首を振らせる、ワールドワイド行きの三曲目

出発点はYouTubeのタイプビート。ただし、そのままは使わない。
お気に入りの海外プロデューサーに直接コンタクトし、「YouTubeに出ているものとは違うサウンド」を送ってもらい、その“別解”で一気にスタジオへ駆け込んだ。
ライブで鳴らしたときの硬さまで想定した、ガチガチの鳴り。

狙いは明快——首が自然に揺れる音楽。考える前に体が反応する曲を作ること。
「盛り上がる曲、首振れる音楽を作った」。
リリース当初は歌詞が未掲載で“感じるほうが先”の設計だったが、そのねらい通りに手応えはフロアで確認できた。

中核のラインは「World wide動き続けてるよ おれは点P」口にした言葉が、日程と地理に追いつく。3〜4月ごろにカナダへ渡る予定——この曲名の“夜”が、現実のタイムゾーンを跨いで本当の意味でワールドワイドになる。

——タイプビートから“外した”サウンド、体で先に理解させる設計、そして渡航で現実化するワールドワイド。
Vamp Hour は、次の場所へ首を振らせるための、夜の合図だ。

inxanity Mercii

ミックステープを出して見えた景色——“スタートライン”に立てた実感と、次の約束

リリース後の空気は、確実に変わった。
SNSでの反応はまだ小さくても、少しずつ増えるフォロー、「アルバム聴きました」の声が届くようになったという。
ラップスタアの再生もじわじわ伸びていて、「あ、ここからだな」と腹に落ちた。
正直、出す前は「このままでいいのかな」と迷いもあったが、今は自信が灯っている。
つまり、この一枚は自分にとっての“スタートライン”。ようやく、立てた。

ここからの動きは速く、具体的だ。
10月までにEPを一本。年内には大きなイベントのステージでマイクを握る。
制作面ではVLOTPuckafallと真正面から一本を作るのが目標。
今作で掴んだ速度を落とさず、前に出るための手をもう並べている。

“違う”と名付けた作品で得たのは、他人の評価より先に、歩幅を決める自分の感触だ。
スタートは切れた。次の一歩は、もっと大きく。

シーン・リスナーに向けて——“服より先に、曲を掘ろう”

メッセージは単純で、まっすぐだ。「もう少し曲をディグってほしい」
渋谷に行けば流行の服はすぐ見つかる、けど音楽はまだ知られていない曲や評価されていない人が多い——海外も日本も同じだ、と彼は言う。
「アンダーグラウンド、もっとディグれ」
流行のタグより先に、再生ボタンで確かめてほしい。聴くことが、シーンの温度を上げる近道だから。

inxanity Mercii(インザニティー メルシー)
千葉・市川市出身、2005年生まれ。
工業地帯の生活感とストリートの呼吸をそのままビートに落とし込み、2024年から本格始動。
ミックステープ『I’m different』で“人と被らない”姿勢を示し存在感を高める。
等身大の視点と鋭い言葉運びでフロアを揺らし、次の一手にも期待が集まる次世代アンダーグラウンドの要注目株だ。

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